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2011.05/04(Wed)

四十九日

今日はナナの四十九日だそうです。
葬儀屋さんから、葬儀の日に知らされていました。
ただ、何をしていいのかは分かりません。
葬儀屋さんに行って法要があるわけでもないし、ナナの葬儀は仏式だったけど、それに法って何かするべきなのか・・・

疑問に思いながらしても意味がないと思うので、だから自分たちなりにお供えをして、ナナの話をして、、、
て、でもいつもしてることですけどね。
写真やビデオを見て。。。
いつもそばに居るし。

家の中では遺骨をずっとそばに置いています。
部屋を移動する時は必ず一緒。
だけどその意味でなく、本当にずっと一緒に居るみたいなんです。
ナナのご飯はなくならない、トイレも汚れない、でも、居ない気がしない。
荷物が届いても確認しに来ないし、ソファに座っても甘えに来ないけど、どんな顔してどんなカッコして何をしてるのか・・・手に取るように分かるから・・・
でも・・・帰ってきても玄関に迎えに来ないし、朝カーテンを開けても一足先に日向ぼっこをする姿がない・・・
居るような気がするのに居ない・・・居ないけど居ない気がしない・・・
そうして過ごしてきました。

『喪が明ける』
て、言いますよね。
気持ちの整理は全くできていません。
事実を受け入れる事もまだできていません。
何かの間違いじゃないかと未だに思っています。
当然です。まだ1ヶ月やそこらしか経っていないんですから。
だけど、少しずつは前を向いていかないと・・・とも思っています。
喪が明けるんじゃなくて、明かしていかないといけないなって思っています。

仕事を辞めてから、殆ど夢を見なくなっていたけど、ナナが居なくなってから毎晩夢を見ます。
欠かさずです。
でも、ナナは一度も現れません。
毎晩毎晩、必ず夢を見ているのになんででしょう。
ナナが居なくなった日から毎晩なのに、なんでナナは夢にも現れてくれないんでしょう。
そのうち会えるのかなぁ。。。

何が悲しいのか、何が辛いのか、ずっと考えています。
最終的に、自分はどうでもいい。
ナナはどうやったんやろ。。。
幸せだったのかなぁ・・・
でも、ナナはもう何も思う事も考えることももう何も・・・
それならナナの思い出と生きていけばいい。
ナナに寂しい思いをさせた事がたくさんある。
今度は自分が寂しい思いをして過ごすのは、それでいいじゃない。
もうナナに寂しい思いはさせなくていいんだから。

してあげられない事が悲しいんでしょうか。。。
ナナが幸せだったと思うことさえできれば、心が救われるような気がします。

でも、こうなってしまうとしてあげられなかった事ばっかりしか思えないんですよね。

もう随分と日が長く、お天気の日には暑いぐらいの時も。
そんな気候ですら恨めしい。
ナナが居れば気持ち良さそうに日向ぼっこをしただろうに。
ナナは寒かったろうに。。。
あともう少し待ってくれれば暖かくなったのに。

時間が癒してくれるものではないけど、時間をかけて、ナナは幸せだったと思おう・・・
ナナはきっと、赤ちゃんの時にはぐれた本当のお母さんにやっと会えたんやろうな・・・
時間をかけてそう思おう。。。
ナナとはとても深い信頼関係で結ばれていたので、いつも気持ちが通じていたはず。
決して長くはなかったけど、かけがえのない時間を過ごしてきたよね。
有り難うナナ。。。
早い段階でそう思ったのに・・・・・

ちょうどそんな時に電話をかけてきた生命保険Nッセイのオバハン。
彼女のせいで、またドン底をさまよっていました。
彼女も犬を飼っているのを知っていたから理解してもらえると思ってですが、こんな時だから人に会う気分じゃないし、保険の話なんてできないわって事を伝えました。
驚く事に、彼女から返ってきた第一声は『短命だったのね』でした。
反論するパワーはなかったので、あからさまな態度で『そーですかっ』と言ったのに・・・
『そーですよ、うちの犬は○歳で、こないだも動物病院で長寿だって言われて、もう一匹の犬は人間なら○歳で・・・だからとっても短命よね、人間だったら○歳ぐらかしら』
なんて、自分ちの犬の長寿自慢を始めました。
さすがに、今そんなことも聞きたくないですよね!と怒鳴って電話を切りました。
一応会社の客でもあるので我慢しましたが、客でなけりゃあNッセイ本社にクレーム、電話でなくてワザワザ言いに行くところですよ。
生命保険て・・・仮にも命を扱って商売してる人の言う事かなぁ・・・・
9歳で子供が亡くなったおうちの人に、短命だったのねって言って自分ちの子供の自慢したりするんでしょうかねぇ。
それとも、人の命に値段をつける仕事をしていると、対象外の動物の命は命でないのかねぇ。
Nッセイの社長に聞いてみたいわ。

かける言葉も見つからないだろう中、『おまたんの不注意で死なせたんじゃないでしょ。すごく大事にしていたと思うよ。』と言ってくれた人がいました。
自分を責めていないと毎日が過ごせないような中、なんだか救われた気もしたんです。
長ければ倍は生きられたかもしれないけど、ナナはナナの、そしてナナとおまたんと二人の天寿は全うできたのかなって一度は思おうとできたんです。
でも、Nッセイのオバハンの言葉で引き戻されました。
それこそおまたんのたった一度の不注意で亡くしたんでなく、長年かけて長生きできない体におまたんがしたんやろうなと思う結果に。

日にちが経ち、分かった事があります。
ナナが亡くなった日、うごたんは家の車庫に着いてから、車の中で探し物をしていたそうです。
うごたんが帰ってきたことはナナには当然分かっていて、鰹節をもらおうと、キッチンカウンターの上に飛び乗ろうとした時に、心臓がキュッとなったんだろうと思います。
ガターンと大きな音が鳴ったのは、小型のスピーカーが落ちた音でした。

それをどう思うか。

うごたんが探し物をせずにすんなり家に入ってきていたら?
でも、そうすると、ほかの時に発作がおき、あーしなければ、こーしなければ、、、て、なっているかもしれない。
偶然にも、スピーカーはその日に置いたばかりでした。
スピーカーが落ちなければ、ナナが落ちた音ぐらいでは、炊事中のおまたんにはそんなに大きな音には聞こえず、炊事が終わってナナの異変に気付いた時にはもう・・・とゆう事になっていたのでしょうね。

あーすればこーすれば・・・はキリがないです。
でもその中でも救われることを探したい時もあれば、Nッセイのオバハンの言葉に全て否定されてしまう時もあり。。。

そしてもう一つ分かったこと。
ボンが居て幸せなこと、お天気が良くて気持ちいいこと、何かあって笑えること、日常の何もかもはナナが居てこそでした。
ナナが居ない今、何一つ心からの幸せではないのです。。。
出かけて楽しい時間、こうしてPCの前に居る時間、全ての時間はナナがくれていたものでした。
本当はナナと過ごす時間をおまたんはナナから貰って別の事に費やしていたのです。

おまたんは今日まで臥せっていた訳ではありません。
ボンが居るのが大前提ですが、ちゃんと普通に生活していました。
ナナの葬儀の翌日から、確かに見送り、肌身離さず遺骨を持っているクセに、ナナが絶対に生きている気がして、涙が止まりました。
今どの場所でどんな顔をして何を思っているのか目に浮かびます。
立ち直り方が分からなくてどうしようもない気持ちの反面、不思議とナナと居るって思えて穏やかになったりもするんです。
ボンのおかげで一日中忙しく過ごしているから・・・とゆうのは大きいと思いますが。。。

まだこんな感じなのですが、仏教ではないですが、この四十九日という日をキッカケにして、少しずつ前を向きたいと思いました。
ブログも再開したいです。
毎日覗いてくれている方々に感謝しています。
サボッている間に急成長したボンの事もお伝えしたいです。

ナナの事はまだ受け入れられませんが、本当に少しずつ・・・と思います。
とりあえずは、心配いただいているみなさんに、普通に生活していること、これから前向きに頑張っていこうとは思っていること、まず伝えたかったので、整理のできていない気持ちで書いた整理のできていない文章ではありますが、今日という日に思い切ってUPさせていただきました。

気を使わないでいてくれて大丈夫です。
毎日覗いていてくれていた事で分かっていますから。
有り難うございます。
どうぞ、これからも宜しくです



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