2017年07月/ 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2012.11/20(Tue)

熱性痙攣

タイトルの通りですが、ボンが熱性痙攣を起こしました。
このブログを読んでくれている方は殆どご存知の話だと思うのですが、その時の状況や母の気持ちなど、書き残させて下さい

昨日の記事にもあるように、終始元気だったボン。
お風呂上りも走り回って元気でした。
ただ・・・パパの待っているゲームコーナーに行った時、一瞬フワッと倒れかけたのではlとパパが言ったのですが、ママからは視界に入る程度だったので、椅子から滑ったように見えていました。
さっきお風呂で頭を打っていることもあったので、病院への受診も考え、とりあえず部屋へ戻ることにしました。
が、部屋に帰るのにも自分で走ってメッチャ元気。
やっぱ気のせぇだったみたい・・・

部屋に戻ると、ジュースを一気飲み。
まだ走り回っていた。
やっぱりやっぱり、気のせぇだったんだ。

でも・・・なんか、おかしくない
ちょっと、ボーっとしてない
かと思ったら、『ボンッ』と呼びかけると、またニチャッといつもの悪笑いを浮かべて走り出す。
でも、、、やっぱり、、、何か・・・どこか・・・・・変・・・・・・・
パパが言いました・・・『ボン、一回ここに座って落ち着いてみぃ
そして、座った途端、、、手に持っていた電車のオモチャが弾け飛んだように見えました。
ボンが投げたのではなく、ボンの手がボンの意図しない動きをしたんじゃないのlとゆうふうに見えました。
ボンはボーっとしています・・・
『今の、おかしなかったオモチャ飛ばんかったやっぱり病院連れて行こか
と、言った瞬間だった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゴメンナサイ・・・
ここで突然の痙攣が始まるのですが、実はその記憶が飛んでしまっているのです。
これも実は実はですが、さっきまで書いている、部屋に戻ってジュースを飲む・・・て辺りから記憶がなく、あとからパパに聞いて思い出したことです。
だけど、痙攣が始まった時のことはどうしても思い出せないんです。
間違いなく見ていた・・・いや、抱いていたはずなのに。

そしてココからは鮮明に覚えています。
パパがフロントに電話をしようとしました。
パニックになり、それを待っていると、『先に走れ』とパパに言われ、ハッとして部屋を出ました。
部屋のドアを開ける時、ボンは白目をむいていて、体を硬直させ、痙攣していました。
長い廊下をエレベーターホールに向けて走りながら、もう無理だと思った。
白目をむいたまま時々見える黒目はキョロキョロと動くものの焦点は合っておらず、歯を食いしばって苦しそうにし、チアノーゼでみるみる唇が紫に、顔は真っ白になった。
ボンの人生はこんなに儚いのかと思った。
可愛い子供と生きていける幸せな日々が・・・そうよね、こんな幸せなんか長く続くはずがなかったんだ・・・と思った。
いやいや、だけどボンは強いから、きっと頑張ってくれるはず
そうとも思ったけど、とてもじゃないけどこの状態から普通に戻るとは思えず、一生障害を背負わせて人生を送らせるのかな、せっかく大人が驚くほどの強靭な体を持って生まれたのに、活かしてやれないままなんや・・・と、そんなことを思いながら走っていたけど、それはきっと一瞬のことなのです。
そこまで長い廊下ではなかったからです。

エレベーターホールに着くと、既にエレベーターが到着していました。
それも後で気がついたことです。
6階から1階に降りるエレベーターの中・・・一番の惨状でした。
真っ白な顔、紫の唇、白目をむいたまま黒目を時々動かす仕草、そして歯を食いしばって、全身硬直しながら痙攣している・・・
さっきまで走りながらチラチラ見ていたボンを、エレベーターの中で初めてジックリ目の当たりにした。
白目をむこうとする目を必死に開けようとしているようだった。
全身硬直しているのを開放しようと、頑張っているように見えた。
それでも目は閉じる回数が増え、凄く悔しそうな表情に見えた。
『んー』と、声を出していた。
死ぬのなんて絶対にイヤだて、聞こえてきそうだった。
どうしていいのか分からず、とにかく名前を呼び続け、胸を強くさすっていた。
本当に、もう成す術が何もなかった。
正直、もう無理なんだろうと諦めていた。
我が子に期待を持たなかったのではない。
お風呂で頭を打ったことが原因でだという前提だったので、もう助かる訳がないと思うぐらいに見えたのです。
だって・・・
最後に全身激しく痙攣したあと、急に動かなくなってしまったんです。
一昨年3月に亡くなった、最愛のナナを思い出していました。
ナナの時と同じだった。
動かなくなって、全身の力が抜け、ダランとなってしまった・・・・・

エレベーターが1階に着いて扉が開くと、ホテルのスタッフの女性が待っていてくれました。
だからエレベーターが6階にいたのですね。
この女性の顔を見て、今し方までのエレベーターでの信じ難い出来事を説明できず、『お願い助けて』と言いました。

部屋を飛び出してからここまでの時間、1~2分ほどでしょうか。。。
当然ですが、時間的な感覚は全くありません。

別の男性スタッフが来て、手配中の救急車を待つ間、ソファに寝かせるように指示された。
私はボンを腕に抱いたままソファに横にし、AEDが用意されていないとか、医学的な知識のある人が居ないとか、救急車はいつ来るのかとか、いろんなことが頭にめぐりながら、ずっとボンに呼びかけていました。
スタッフさんも一緒になってボンの名前を呼んでくれていました。
スタッフの方が、体温があること、脈がシッカリとあること、顔色がみるみる戻ってきたことなどから、『心配いりませんよ』と言った。
確かに言われてみればそうだけど、そんなことは自分一人では気づきもできなかったのです。
だけど、さっきも言ったように、頭を打ったことが原因だと思っているので、これはとても気になった、大きな高いびき・・・・・
小康状態になっただけで、やっぱりダメなんじゃないか・・・と思った。
容態は分からないけど、とりあえず深く眠っている。

そこへ降りてきたパパ。
随分顔色が良くなったと、安心したように言ったので腹が立った。
部屋を出てからエレベーターが1階に着くまでの間、どんなだったか知りもせず、顔色がいいだなんて・・・
だいたい、パパはいつも大変な時を知らない。
ボンが生まれる時だって、陣痛の一番大変な時、役に立たないし居てもムカつくだけやからと帰宅させたきりの帝王切開だったから、何も見てないんです。
だけど怒る気力はなかった。
そんなことに怒っていられる場合じゃない。

どれだけ待ったのか・・・
スグって言われたけど、15分ほど待たされていたように思う。
言ったらイケナイと知りつつも、『遅い、まだ』と、ホテルのスタッフさんに向かってその言葉が口をついてしまう。
最初は『言うな』と言ってたパパも、さすがに『かかるなぁ・・・』と言い始めた頃、ようやく救急隊到着。
その頃には、ボンが息をして眠っていることからか、自分の中にも少し落ち着きが取り戻されていたように思う。
時間が経過してしまったことへの諦めだったのかもしれない。
もうこのまま目覚めないのかもとゆう諦めは確かにあったのです。
が、救急隊員の姿を見た途端、また込み上げてきた。
『早く助けて今すぐここで診て
パニックになっていたけど、今居る場所がどこの病院からもそこそこ離れているのは分わかっていたからです。
救急隊員がボンを診ながら、色々と聞かれる。
ホテルのスタッフさんには抱くのはやめて、安静に横に寝かせるように言われていたけど、救急隊員さんの『ダッコのままでいいので救急車まで歩いて乗ってもらえますか』という言葉を聞いて、症状が悪くないのかもと、ココで少しだけ好転したように感じた。
でもその少しの安心感は、どうせもう目覚めないかもしれないからとゆう絶望感にスグに押し潰された。
救急車に乗って、指示されるままにボンを担架に乗せると、ボンを抱いている間は分からなかったけど、手がフリーになった途端、自分でもビックリするほど手が震えていたことを初めて知った。
手ってゆうより、肩から下、腕ごと大きく震えていて、分かっていたけど止めようとしても止まらなかった。
そこへパパが来て『落ち着けよ』と言った。
落ち着ける訳がないのです。
心配の度合いとか、愛情の度合いとか、そんなこと言いたいんじゃないけど、パパには、男には、、、分からないと思った。
更にパパが救急隊員さんに言った。
『どこの病院に行きますかボクは自分の車で向かいますので
えっl一緒に乗らないのl
こんな時に、よく離れていられるよな・・・
もしかして、帰りの足のこと考えてるの
こんな時に、よくそんなこと思いつくよな・・・
どうでもいいからとにかく救急車を出すのが先やから黙ってくれと思っていたけど・・・
どうやら受け入れ先が容易には決まらない雰囲気。
一刻を争うのに・・・・・・・・・・

そんなヤリトリをしながら別の救急隊員さんが頭を触診し、『血腫はナイよ。頭を打ったのが原因じゃなさそう。すごい高熱だからね、こっちかも。』と言われ、熱を測ろうと体温計を差したところで、、、
ボンが大声で『ママー』と泣きました
ボン、体温計が大嫌いでいつも泣きわめくんです。
ボンが生まれて初めてあげてくれたあの産声より、ママにとっては感動の泣き声でした
熱は40℃近くあった。
『調べてみないと分からないけど、おそらく熱性痙攣だと思いますからそんなに心配しないで良さそうですよ。ダッコしていてもらって大丈夫ですよ。』と、女性隊員さん。
ここで我に返る・・・・・・・・・・

熱性痙攣・・・
見た目に恐ろしい症状を引き起こすけど、実際はどってことのない良性疾患なので救急車は呼ばず、慌てずに対応するようにと、ホンマにめちゃくちゃコワイ症状なのに救急車を呼ぶなとゆうぐらいだから、もしもの時はシッカリしないとイケナイと、穴が開くほど読んだ育児書でシッカリ予習していたはずだったのに、いざその時がきたら、熱性痙攣だなんていう言葉はみじんも思いつきもしませんでした。

そもそも、熱性痙攣とは・・・

主に6ヵ月から5歳くらいまでの乳幼児で38℃以上の発熱に伴って起きる痙攣性疾患を熱性けいれんと呼びます。
脳炎や髄膜炎などの中枢神経系感染症、代謝異常症、その他明らかな痙攣の原因疾患があるものは除きます。
熱性痙攣は非常に頻度の高い病気で、日本人の有病率は7~9%と言われています。
なぜこの時期の子どもに熱性痙攣が起きやすいのかはよくわかっていませんが、発達過程の脳が発熱のストレスに弱いためと考えられています。
またこの病気は遺伝しやすく、両親のどちらかに熱性痙攣の既往があったり、兄弟に熱性痙攣があると同様の病気が起こりやすくなります。
症状は全身痙攣として出現することが多く、典型的な熱性痙攣では、眼球の上転、意識の消失、手足の硬直の状態で気づかれます。
この状態が続くと呼吸ができないために唇の色が悪くなる、いわゆるチアノーゼを呈します。
多くの場合、1~2分以内に痙攣は止まります。
発作が止まると多くの場合、そのまま深い睡眠に落ちてしまいます。

そう、そうなのよね、、、、、
でも、もしかして熱性痙攣!だなんて思う余裕は絶対にありません。
世界で一番可愛らしいと思っている我が子の顔が、みるみる死に近づいているような形相になり、体が硬直して痙攣するんですから、全ての余裕や冷静や理性など、瞬時に失います。

そうか・・・そうかもしれない・・・いや、どうかそうであってほしい。。。
まだ安心はできない。
頭を打ったのがあるから、どうしても安心はできないし、そして今まだ、受け入れ先が決まっていないという厳しい現実。
それを説明されるが、理解も納得もできない。
ただ、言ってはイケナイこと、言ってもどうしようもないことは分かっていても、『とにかく大きい病院に行って京大病院に行って』と、どうしても言葉を飲み込めずに連呼。
『本当は受け入れ先が決まるまで救急車は動けない規則なんですけど、お母さんのおっしゃるようにどこの病院も少し距離があるので、先に受け入れてくれそうな病院の近くまで走りますからね。そのうちに受け入れ先が見つかって早く着きますからね。』と、懸命に励まし続けてくれた女性隊員さん。
救急車のサイレンが鳴り始め、車が動き出すと・・・
奥の院の前で清水の舞台を眺めている時、下界の遠くの方から救急車のサイレンがかすかに聞こえていたのを思い出しました。
ボンが『あ救急車』て言ったから聞こえたようなもので、普通にしてたら気づかないぐらいの音でした。
よく分かったな~てホメてたのだけど、まさかそんな自分が救急車に乗っているなんて・・・ボン。
こんなことを思うまでに落ち着いたのは、優しく声をかけ続けてくれた隊員さんのおかげなんです。
それなのに、それに全身で甘えてしまった、余裕のない母おまたんは本当に情けないけど、困らせることばかり言ってしまった。
救急無線で搬送先を探している隊員さんの言った『意識レベル3から10をいったりきたりですー。』の言葉に、『10ってゆうのは分かるけど、何を基準に3て言ってるの1ではないのこの子の場合、2と3はドコで区別をつけてるの本当に10ですか20か30ではないですか
もう、ややこしい客、、、クレーマーです。。。

意識レベル参照
レベル1  大体意識鮮明だが今ひとつはっきりしない。
レベル2  時・人・場所等、見当識障害がある。
レベル3  自分の名前・生年月日が言えない。
レベル10 普通の呼びかけで容易に開眼する。
レベル20 大きな声又は体を揺さぶることにより開眼する。
レベル30 痛み・刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと、かろうじて開眼する。

『医療従事者ですか』 『違います』 当然の質問だ
だけど、こんなこと言えるほど我を取り戻したってゆう証拠です。
私は今書きながらそのことに気づいたけど、隊員さんたちはよく分かっておられたのでしょうね。
まだ『何も診察とか観察とかしなくていいんですか』とかイヤなこと言いながらですが、隊員さんからの質問にようやくマトモに答えられるようになりました。
それまでは早口で要点を話すだけだったけど、病歴や膀胱尿管逆流症の既往など、やっと。。。
と言っても、膀胱尿管逆流症を知らなかった隊員さんに、ゆっくり言ってと聞き返され、『VURって書いとけば小児科医なら分かりますから』と面倒に押し付けてしまい、『ごめんなさいね、VURで調べてみますね』と言って携帯を触っていた隊員さんをしばらく放置してしまったことを、本当に悪いと思っています
仕事だけど、ボンを助けるために駆け付けてくれて、見ず知らずの母親にも一生懸命励ましてくれて、きっと物凄い緊張感と使命感を持ってお仕事されているのに、なんて酷いことを・・・
マトモにと言いつつ、何一つマトモではないのだ。。。

そして搬送先が決まり、5分ほどで到着すると告げられる。
『どこ
希望通りの京大病院だったけど、そうじゃなかったらまた文句を言うつもりの『どこ』だったのかもと、今自分で思ってもコワイです
今はそう思うけど、救急車の中のおまたんはまだ更に、『5分て、エライかかってませんか安心させるために言うのはヤメて下さい正確な時間を知りたくて聞いてるんです』なんて・・・
本当に、重ね重ねゴメンナサイ

そうこうして隊員さんたちがタジタジする間に救急車は京大病院へ到着。
クレームや暴言があるものの、言い換えればそれだけだいぶ落ち着いたように思っていたのですが、救急車のハッチが開けられると、急いで駆け寄ってきたお医者さんの姿を見た途端、『早く助けて』と言いながら、また込み上げてきました。
そして自分の手からボンが離され、救急処置室の担架に乗せらると同時に、物凄い人数の救急スタッフに囲まれ、ボンが見えなくなってしまった。
救急車の中で再び眠っていたボンはまた目覚め、『ママー』と、大きく泣いた。
『ママおるよー』救急スタッフを押しのけて間に入ると、その物々しさにまた手が腕ごと震え始めた。
看護師さんに、『痛いことしてる時は、「痛いことされてるのにお母さんが助けてくれなかった」経験になってしまうので、顔の見えない所に離れて下さいル』と、言われた。
口調はさほど強くなかったのに、凄く強い言葉に感じた。
説得力の強さだったのかもしれない。
さすがのクレーマーも、もう震えることしかできなかった。
カルテに名前や生年月日を書くように言われたけど、書ける訳ないから無視した。
救急隊員さんが『あとでお父さんが来られるのでお父さんに書いてもらいましょう』と、病院側にフォローを入れて下さった。
無視したらイケナイけど、今じゃなくてもええやろとか、そんなもん書ける状態じゃないやろとか、救急隊員に聞けやとか、そうゆうことを心で思っていたので、言葉にしないで押し込めるので精一杯の挙句の無視でした。
そこへお医者さんが来て、『何度も申し訳ないんだけど、最初から全部話してくれる
矛盾点を探り出すための取り調べかと思った。
話そうとしても上手く話せなかった。
ここで初めて、記憶の一部が抜け落ちていることに気づく。
あれ最初にどうなって・・・・・・・
お風呂のあと部屋に戻ってから、痙攣を起こしてパパがフロントに電話するまでの間のこと、何も思い出せない。
思い出せる限り話すと、『ん医療関係者』と、また。
何に対してそう言われたのかは分からなかったけど、また何か変なことを言ったのかもしれません。

いつの間にかパパも居た。
採血が上手くできないでいるお医者さんの横に張り付いて見ていた訳ではないのですが、結局ずっとボンを半分抱いている状態だったので、離れるように言われた。
パパには遠慮なくキレることができた。

ようやく・・・いや、たぶんスグだったのだと思うけど、先生が話し始めた。
『今から血液とか検査するんですけど、おそらく調べる必要もないと言えるぐらい、典型的な単純性の熱性痙攣だと思います。お父さんかお母さん、ご兄弟で子供の頃に痙攣起こしたよ~とか聞いたことないですか
『私が一度あります』 『ボクもあったかも分かりません
『じゃあ100%間違いないですわ~』
そして・・・
『お母さん、頭打ったってゆうこと気にしてる』と聞かれたので、勿論気にしていると伝えると・・・
『いろいろ言っても納得できないと思うので、どうしても気になるんだったら気休めにCTの検査しますね。何もないとは思いますけど、念入りに見てみます。ただ、自費でCT撮ると凄い金額ですけどいいですか』と言われました。
保険証を持って来ていなかったので・・・
だけど当然『かまいません
結局、病院の指示でジィジがFAXしてくれたんだけど・・・
夜中なのに有り難かったです。
心配もかけてしまって・・・・・

いくつかの検査が手早く終えられたようで、思いの外早くボンが手元に戻された。
控室に入って座るとオッパイを欲しがったので、許可を貰って授乳。
『授乳して寝たところでCT撮りましょう。もし寝なかったらもうCTはゴメンネってことでいいかなぁ』と言われた。
それくらいどうでもいい感じなんだと、だいぶホッとした。。。
ボンはスグに深い深い眠りに。。。
そしてCTの検査もとてもすんなり終えられた。
『勿論ちゃんと解析はしますけど、今見てた分にはなんにもなかったですからね。キッチリ診てからお呼びします。』と、その場で言ってもらえて、ここでようやく深くからの安堵。
呼ばれるのを待ちながら、記憶の消えてしまっている部分をパパに教えてもらう。。。

そして・・・
いつも邪険にしていたパパの必要性をボンに教えられた気分になり、色んなこと反省したり、気持ちを整理したりしていました。
パニックになり、体が震えて止まらず、ところどころ記憶さえない自分に対し、パパは瞬時に的確に判断して動いてた。
自分がフロントに電話をしている間、私に全て預けて、自分はボンから離れる選択をできること、、、
一緒に救急車に乗らない選択をできること、、、
帰りのことも考えて、自分はあとから自分の車で病院に向かうとゆうことを、あんな時に思いつけること、、、
普段から単細胞動物とバカにしていた『男』とゆう生き物だけど、良かれ悪かれ、こんな時の『男の脳』と『女の脳』の特性の違いって、やっぱり性別を超えられないんだなぁ・・・って思いました。
(女性でも気丈に対処できる方も居るので、あくまでも我が家のケースです)
ボンの顔色が良くなったことに気づいたのも、冷静に見ていたからなんでしょうね。
つい腹が立ってしまったけど・・・
パパとはもう出掛けたくないって思ってたこと、反省しました
たぶんパパが居なかったら私はもう少しはシッカリしてたんだと思うけど、どんなに恐かったか分からない。
それに、言いかえればそれは、パパに頼る気持ちがあったから、思う存分パニくれたんだと思う。
それと・・・
もしものことがあった時、同じだけ同じ思いを分かち合えるのは、世界中にこの人だけしか居ないんだと思い知った。
もしも私に魅力があって、運と縁があれば、ボンの『良きパパ』になってくれる人は居ると思う。
でも、可愛がり方は違うけど、全然遊んでくれないけど、物足りないこといっぱいあるけど、愛情も足りないって腹立つけど、だけど、子供を失って悲しい辛いどうしようもない気持ちは、この人を超える男の人は居ないんだな・・・って。
当たり前のことかもしれないけど、そんなことにも気づかず過ごしていたのですね。。。

めっちゃ、見直した

でも、、、サスガはウチのパパ、、、、、、
『今、そんなこと言うl』てゆうような、私への不謹慎な発言やデリカシーのない空気の読めない発言も、待合室でバシバシ飛び出してたけどね。
でも今日は許せたよ。
私の方が反省する点が多かったからね。
パパと一緒に来てて良かったし。

言いたいことはイッパイあった。
悪いふうに思うこともできる。
女、特に母って普段はすっごく強いけど、何にも変えられない、何よりも大切な子供のことになると、守る強さが計り知れないのと同じぐらい、失うことに関しても計り知れない。
父親の方がダメージが少ないと言いたい訳ではない・・・けど、父親と同じだとは到底思えないほど、母子の繋がりは深く強いとも思っています。
母にとっては子供が全てだから。
ウチのパパには会社がある。
従業員とその家族の生活を背負ってる。
だからきっと、人としての責任感で、どんなに辛くても仕事をすることを通して、立ち直って行く力を持ってると思う。
でも自分にはボンが全てなんです。
ボンを失ったら、もう生きてはいけない。
パニック中は、『アンタと一緒じゃないねん』と、心の中では叫んでた。
パニックにならずにはいられなかったこと、ボンを思うならオマエがシッカリしろって言われたけど、思ってないんじゃなくて・・・
分かってるけど、落ち着いて最良の対応をしてあげるのが親の責任だって理屈では思うけど、それでもとてもじゃないけど冷静になんてなれなかったのは、ボンを思ってなかったんじゃなくて、ホンマに男になんて分かる訳がないって思ってた。
だけど今は分かる。
冷静に対応したパパを、愛情の度合いが違うからやって思ってたけど、そうやって責めたいのではない。
パパが冷静に対応したのは、愛情の度合いが母を下回っているからではなくて、『男』だからなんだと、我が子の一大事に最良の対応と選択をできた『男の脳』を尊敬しました。
私が我を失ったのは『女の脳』を持った『母』だったからなんだと、男は力以外はなんでも女に劣っていると思っていた間違いを知り、子供を育てていく上で『男の脳』が絶対的に必要な時があるんだってこと、本当にボンに思い知らされました。

だから・・・許してやったよ。
本当は怒りたかった、たくさんの失言ル

そして先生から診察室へ呼ばれた。
CT検査の異常はなく、他にも何も出てこなかったことから、熱性痙攣だったと特定された。
ただ、熱原の特定ができないとのこと。
インフルエンザが疑われたそうだけど、陰性。
高熱があるものの、若干の鼻水、かすかに喉に赤みがある程度なので、解熱の座薬以外に出す薬もないとのことだった。
ボンの場合、高熱が出れば切っても切れない既往の膀胱尿管逆流症による腎盂腎炎が気になるところ。
血液検査でのCRPは高いけど、それは熱のせいで、腎盂腎炎ほどの上がりようではないから、尿検査をする必要もなさそうなほど疑わしくはないけど、万一のことも考えると腎臓への影響が深刻なものになるので、念の為の抗生物質が出されました。
インフルエンザはまだ疑わしく、タイムラグの関係で明日検査をすれば陽性が出る可能性も大きいので、どのみち、どうであれ、紹介状を持って近所の総合病院で熱原の特定をするように言われた。

それから熱性痙攣についての説明があった。
『良性疾患なので心配は要りません。病気と言うよりも体質と考えて下さい。乳児期から6歳ぐらいの子供にはよくあることなんです。急激に熱が上がる時に頭がビックリして痙攣を起こす体質なんだと理解して下さい。これで最後かもしれないし、また何度も起こすかもしれません。それも体質なんです。痙攣を起こしたからと言ってどうなるってことは絶対にないので、心配は要りません。ただ一つお願いしたいのは、どんなふうに痙攣しているかだけ、シッカリ見ていて下さい。育児書にはいろんなこと書いてあると思うけど、遠慮なく救急車呼んで下さい。育児書にあるように始まった時間や痙攣が治まるまでの時間をメモしたりする必要はありません。救急車を呼んでもらった時間や到着時間から推測できるので、余裕があったら時計見るぐらいでいいんです。見た目の派手さの割になんでもない疾患だけど、実際に目の前で我が子の身に起こったら、そんな余裕のある母親はなかなかいません。だいたいは母親の目の前で起こることで、救急車到着時には痙攣が治まっているので我々ですら見る事は少ないですが、たとえボクたち医者であっても痙攣が治まるまで何もしないで黙って見ておくなんてことはできないんです。どんな痙攣かだけシッカリ見ておいてほしいと言うのは、例えば片手だけ痙攣してたとか、片足だけは痙攣してなかったとか、そういった時に別の病気が考えられるので、それだけはちゃんと見ていてほしいんです。だいたいは1~2分で終わってしまうので、あとで医者がどんな痙攣だったか知ることができないので。それと10分以上続く長い痙攣も問題があるので、その意味でも育児書に書いてあるのを無視して救急車をスグに呼んでほしいんです。救急隊が到着するまでどんなに早くても5分はかかります。そこから搬送先へ・・・となると、もうそれで最短でも10分では難しい。10分以上痙攣が続いてから救急車を呼んだのでは遅いので、迷わず救急車を呼んで下さい。勿論お母さんが見て熱性痙攣だって分かるのなら様子をみてもらったらいいんですけど、単純性の熱性痙攣なのか、何か他の病気が起因の痙攣なのかってゆうのはなかなか区別は困難ですからね。』
そんな話だった。
育児書に書いてあることには確かにビックリして、随分前に妹と話したこともあって、冷たいとかじゃないけど、この先生の言ってることが人間らしくて凄く嬉しかった。
『次からは救急車を呼ばないように』と言われるのとは真逆の安心感をいただいたのだと感謝しました。

※因みに、育児書に一般的に書かれてある、熱性痙攣時の対処法
救急車を呼びません。
痙攣が始まったら時間を確認し、10分以上続くときには至急病院へ向かいます。
あわてないで、痙攣の様子を詳しく観察してメモをとってください。
硬直した体を衣類で締めつけないように、首まわりや胸元のボタンをはずし、衣類をゆるめます。
また、痙攣で吐くこともあるので、吐いたものが気管に詰まらないように、赤ちゃんの顔を横向きにします。
熱を測ります。
熱性痙攣は一般的に38度以上の熱を伴います。
熱がないのにひきつけたときには、急いで病院へ。
体の突っ張り方や震え方が左右対称かどうかをチェック。
左右どちらかだけだったり、一方からだんだんと広がっていくようなときには至急病院へ。
おさまったら全身状態をチェック。
顔色や目の動き、呼吸の様子、手足の状態など、全身状態を確認します。
再発防止のため、薄着にして、わきの下や足のつけ根、首筋などを冷やします。
意識がないときはすぐ病院へ連れていきます。
すぐに戻った時は、受診の必要はありません。
受診する時は、夜中の痙攣なら翌朝に病院を受診します。
午前中の痙攣なら、様子をみて心配なら午後診を受けます。

できますかlこんなことア
さっき書いたように、白目をむいて唇は紫、顔は真っ白、体が硬直して痙攣して、ボンはなかったけど、泡を吹く子も少なくないんだとか。
それを、観察してメモをとれる母親が居ますか!
ただ、先生もおっしゃっていましたが、見た目の派手さの割に、本当にどうもないことなのは事実のよう。
『疾患』としてだけ考えると、超一過性のもので、1~2分で終わる、後にも何も残らない単純な疾患だってことなんですね。
だけど見た目が凄いから・・・て話で。。。
熱性痙攣は頻度の高い疾患だということと、ほとんどの子供が生まれて初めて高熱を出す突発性発疹との関係を思った。
生涯初の発熱が突発性発疹だって子供が多く、その発熱時に生涯初の痙攣を起こす子が多いそう。
乳児疾患で救急車を要請した8割は熱性痙攣によるものだとゆうデータも。
だとしたら、救急車を呼ばないように育児書に書いてあるのも、理解できなくはない。
確かに、8割ってゆう数に納得。
8割は確実に緊急性がない熱性痙攣で救急車を呼んでる訳だけど、あとの2割にも緊急性のないのは勿論ある訳で・・・
そりゃ育児書で呼びかけたいよね。。。
だけど、じゃあ次から呼ばないでいられるのかというと、それは無理だろうな・・・

で、病院を出て、もう家に帰ることにして、荷物を取りにホテルに戻りました。
パパが全部してくれている間、ロビーで待たせてもらって。。。
さっき色々としてくれたスタッフの方が2人ともおられなかったので、お礼とお詫びを伝えてほしい旨お願いすると、『私どもにまでお心遣いをいただきまして誠に有り難うございます』だって
私、あんなムチャクチャばっかり言って、ホンマに心から謝りたかっただけなのに・・・
こんなにちゃんとした人たちにした自分の振る舞いが、ホンマに情けないわ4
そして、ホテルを出ました。

なんか、まだ落ち着かない。
ボンから一瞬も目を離すのが怖くてできないけど、ジッと見ていると、またあの形相になるんじゃないかと思ってしまい、それが物凄い恐怖。
それに、もう大丈夫だって分かって安心したはずなのに、どうもまだ落ち着かない。
やっぱり、最愛の我が子が死んでしまう、或いは死んでしまった、、、と思った恐怖心はなかなか消えるものではありません。
なんだかボーッとしては恐怖に苛まれ・・・の繰り返しです。

だけど、パパのこともそうだけど、ボンのことももっともっと、怒らないで済むことは怒らないようにしようねって、パパと約束しました。
忙しい毎日に追われ、ついつい怒ってしまうことがあります。
あとで考えたら、ボンは何も悪くなくて、謝ってばっかり。
パパは謝りすらすない。
今回ボンは凄くしんどい思いをしたけど、たくさんのことを教えてくれました。
絶対に無駄にしないようにしないと。。。

そんなことを話しながら、家に着いたのはもう4時頃だったかな。。。
昨日家を出た時とは、全く人生観が変わったな。。。。。
家に帰って来ることができて、本当に良かった。
一人でボンのそばにいるのが怖かったので、パパに一緒に寝てもらいました。
こんなこと、今までなかったな~~~~~


そうして朝が明け、紹介状を持って近所の総合病院を受診しました。
ちょうど2週間前の今月6日()にも突発性発疹で受診したばかりです
今度は、キャリアは浅いけどちゃんと診てくれる方の女医さんを指名。
かかった医者に『なんかのウイルス』って言われて不安だった時に、『突発かなぁ』って言ってくれた先生です。
先生は紹介状を読み、、、
『インフルエンザの検査もしますけど、めちゃくちゃ流行ってるからRSの検査もさせてもらえますか』と。
結果、RSウイルスでバッチリ陽性が出ました
よく知っていた病名だけど、自分たちには関係ないって思ってた・・・何の根拠もなく。
これで熱原も特定された。
先生からも熱性痙攣について説明があり、膀胱尿管逆流症の発熱からの熱性痙攣も予想されるので、今後のことを話し合った。
この先生も、迷わず救急車を呼んでねって言ってくれました
痙攣ってなんでも一括りにするのではなくて、命に係わる痙攣もあるからね、、、だって
前の女医だったら救急車は呼ぶなって言いそうぅ
医者選び、本当に重要。
何より大切な我が子の命を預ける相手だからね、、、ちゃんとした人間性を持っているお医者さんじゃないとイヤだ。

で、結局、RSウイルスはママがうつしたんだと思います・・・またママです
ずーっと濃い鼻が出て困ってたのよね。。。
大人はそんな、ただの鼻風邪の症状で済むのよね。
乳幼児に感染すると重症化して、インフルエンザA型と同じような症状になる・・・
そこまでの知識がなかったから、無防備にしてうつしてしまいました。
ボンが今まで風邪もひかなかったから、ちょっと安心しすぎてた。
これからはシッカリと勉強して、常に予防に取り組みます。

そしてこの病院で、思いがけない出会いがありました
すくすくで優しくしてもらっていた、1つ上のヤオナくんり
おウチが引っ越してから、会えてなかったのだけど・・・・・
『肺炎をこじらせて入院してて、今日退院なのよー』と、ヤオナくんママ。
ヤオナくん、生まれつき心臓が悪く、何度か手術を経て今は良くなったんだけど、喘息も持ってて、その関係でよく風邪をひいて重症化する・・・て話は前に聞いてはいました。
で、話していると、なんとタイムリーと言いますか、『今回は痙攣がひどくて~』と、ヤオナくんママお
『ビックリしたでしょーめっちゃコワイよねー死んだと思っちゃったもん』なんて言ったら・・・
『最初はビックリしたけど、しょっちゅうやからもう慣れてるねん。妹も痙攣持ちで、小さい時から見慣れてるのもあって、大丈夫よー。』だってッ
ヤオナくんとママ、大変な思いをしてきたんやね。。。

大変・・・・・
毎日毎日言ってた、そう、『大変』って言葉。
この度、本当に大変な思いをしたので、『大変』ってゆうのはボンが病気をすることであって、元気が有り余って暴れまくって手におえない毎日のことを言うのでは決してないんだと、深く深く思い知りました。
凄く反省しました。

ボンはまだ高熱が続いていて元気がなかったけど、先生や看護士さんに愛想良く『バイバイ』言う元気はあった。
早くサヨナラしたいから、素早く愛想良くバイバイしてた。
看護士さんは忙しくバタバタとしているので誰も聞いていなかったのが可哀想だったけど
しばらくは食事も欲しがらないだろうとのことだったので、辛い日々は続きそうですが・・・
実は医学的にはどうってことのない、でも母にとってはこの世の終わりが見えたほどの壮絶な体験、、、
そこから教えてもらったことを忘れないように日々精進していきたいと心に誓いました

最後に・・・
落ち着けと言いながら冷静に判断して行動してくれたパパだけど、自家用車で救急処置室に駆け付けたパパは、なんでか手におまたんのお風呂セットを持っていました
ホンマはパパもパニくってたんやね
そりゃそうよね、、、当たり前やんね。
ただ単に冷静だったのではなくて、、、、、、、良かった



スポンサーサイト
01:38  |  育児  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

Trackback

この記事のトラックバックURL

→http://ugooma.blog54.fc2.com/tb.php/1000-7af32c1a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

この記事へのトラックバック

▲PageTop

 | HOME | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。